デス・オーバチュア
第242話「悪より生まれし世界」



超古代神族には悪を司る三神が存在していた。
悪業(ヴァイシス)、邪悪(イーヴル)、そして純粋悪(エビル)。
世界の調和を維持するためには悪という神(現象と概念)もまた必要不可欠な要素だった。
だが、その悪が一つの神の世界に終焉をもたらし、新たな世界を創造することになる。
悪神エビル……それが超古代神族を滅ぼし、新たな世界を生み出す九の女神(要素)を創りだした少年の名だった。


「次界(じかい)を担う女神に身重は似合わない……」
そう言って少年は、素手で女の腹を裂き、胎児を引きずり出した。
「あ……嫌あああっ! 返して! わたしの赤ちゃんを返して!」
「コレはいらない」
少年が胎児を上空に放ると、胎児は目に見えない力で八つ裂きにされ、母親である女の上に血と肉の雨を降らせる。
「い、嫌ああああああああああああああああああああああああっ!?」
我が子の血と臓物を浴びながら、母が悲鳴を上げた。
「嫌っ! 嫌嫌っ! わたしの赤ちゃん! あの人との赤ちゃん……!」
狂ったように泣き叫びながら、女は周囲に散らばっている肉塊、臓物を掻き集める。
「全て集めれば生き返るわけでもあるまいに……」
少年は、母親の無意味な行為を呆れたように見下した。
「さて……あなたにも一度滅してもらうよ、大地の女神」
「赤ちゃん……わたしの赤ちゃん……」
女神にして母である女に、少年の言葉は聞こえていない。
ただひたすら、我が子の肉塊、肉片を集め続けていた。
全て集めれば子が蘇ると思っているのか? 遺体を少しでもまともな形にしたいのか? 思考の伴わない本能的な行動のようにも見える。
「心配しなくていい、あなたは生まれ変わるだけだ……僕の創る新世界の女神に……」
少年の手が突きだされ、女神の心臓を刺し貫いた。


「……エビルゥゥゥッ!」
「うっ!?」
「…………」
「…………あれ? あなた、誰……?」
目を覚ましたクロスの視界に映ったのは見覚えのない少女だった。
少女と言っても、クロスより僅かに年上なようにも見える。
「……ん?」
クロスは、改めて銀髪にブレザーの少女を凝視した。
「……クリーシス?」
少し前までは記憶に存在しなかった名を口にする。
それは、セレスティナの方の過去(記憶)にあった少女の名だ。
「母様!」
名を呼ばれた少女……クリーシス・シニフィアンが、嬉しそうに抱きついてくる。
「クリーシス? なんで、あなたが……セレスティナが……わたし?……あたしが……あれ?」
クロスの中で、セレスティナの記憶はまだ完全に最適化(デフラグ)されていなかった。
最適化(整理)されていないというより、自分(クロス)と他者(セレスティナ)の区別がかなりごちゃまぜになっている。
「母様、どうしたの?」
「いや、まあ、確かに、あなたの母様(セレスティナ)でもあるんだけど……その……」
「ああ、現世の人格の方なんですね、母様?」
クリーシスの喋り方は普段に比べて、柔らかく優しげで、甘えるような響きがあった。
「ええ、ちょっと前に前世の記憶は全部思い出した……というか押しつけられたけど……基盤(ベース)はあなたには悪いけど、現世であるあたし……クロスティーナ・カレン・ハイオールドよ」
「はい、構いませんよ、母様は母様ですから〜」
満面の笑顔でそう言うと、クリーシスはクロスを抱き締める腕に力を込めて、親愛の情を示すように激しく頬ずりしてくる。
「ちょっと、クリーシス……やめ……あん……なさい……」
「母様母様〜♪ 母様、敏感で可愛……がっ!?」
巨大な大筒二門が一つになった鈍器が、クリーシスの脳天に直撃した。
「…………」
不愉快そうな表情のクリティケー・シニフィエが、クリーシスの背後に浮遊している。
浮遊していると言っても、二人の身長差を無くすために、数十センチほど足が地面から離れているだけだ。
「痛ぅ……わざわざツッコミ入れるために人化するな!」
クリーシスは脳天をさすりながら、クリティケーの方に振り返る。
「……お姉ちゃん……クリティケーを捨てた……」
クリティケーの元である天使人形は、クリーシスがクロスに抱きついた時、地面に捨てられていた。
「あ……それはまあ……悪かったな……」
「…………」
「だが、叩くことはないだろうが……わざわざ無理して人化まで……」
「……クリティケーは……他の人形と違って……自己充電できるから……少しは平気……」
良く見ると、大地から立ち登る僅かな琥珀色の粒子が、クリティケーに吸い込まれていくのが解る。
「いや、別にお前の体を心配したわけではなく……妹の分際で姉に暴力を振……」
「…………」
姉の言葉を最後まで聞かず、クリティケーはプイッと顔を横にそらした。
「貴様っ! 妹だと思って優しくしてやれば頭に……」
「……お姉ちゃんが羨ましかったのよね?」
二人のやりとりを眺めていたクロスが、優しくクリティケーに声をかける。
「……クリティケーが……解るの……?」
「ええ、ちゃんと産んであげられなくて……ごめんね、わたし(あたし)の赤ちゃん」
「うう……ママァァッ!」
「なっ!?」
クリティケーは邪魔な姉を横に突き飛ばし、クロスに抱きついた。
「ママ……ママ……ママァ……!」
「…………」
クロスは、自分の胸の中で泣くクリティケーの背中を優しく撫でてやる。
「だから……姉に対してその態度はなんだ、クリティ……」
「クリーシス、お姉ちゃんの方が我慢しないと駄目でしょう」
妹を怒鳴ろうとしたクリーシスを、メッといった感じで指を立てて止めた。
「だが、母様……私は超古代神族が滅んで以来、たった一人で地上を彷徨って……やっとやっと母様に出逢え……」
母親に叱られた子供のように、クリーシスは目に涙を浮かべる。
「ああ、もうお姉ちゃんなんだから泣かないの。外見なんてあたしより大きいのにもう……離ればなれになった時の……子供のままなんだから……」
仕方のない子といった感じで苦笑すると、クロスは右手でクリティケーを抱き締めたまま、左手を横に広げた。
まるで、こちらの胸に飛び込んで来いとばかりに。
「ううぅ〜……母様ぁぁっ!」
「ぐうっ!?」
クリーシスは突進するような勢いで、クロスの左胸に飛び込んだ。
「痛ぅぅ……元気に育ち過ぎよ……」
痛がりながらも、クロスは娘を二人纏めてぎゅっと抱き締める。
クリーシス(危機)とクリティケー(批評)という同根(どうこん)の名を持つ姉妹は、母親の胸の中で泣き続けていた。



「いきなり二人の子持ちになっちゃうなんて大変よね〜。それに、大変なのはそれだけじゃないし……と、完成〜」
ディアドラ・デーズレーは、宙に浮かせた聖書を読みながら、片手間で行っていた作業を終了させた。
「まったく、私ってこんなに親切で優しいのに……どうも最近、誤解されがちなのよね〜」
聖書を閉じ、立ち上がった彼女の足下には、紫色のメイド少女が仰向けで眠っている。
セレナに両断されたはずの銅体も四肢も綺麗に繋がっていた。
というか、紫の機械人形はまるで『新品』の如く綺麗になっている。
「せっかくだから、改造でも……」
「……ん……あ……?」
「あら、もうお目覚め?」
ディアドラは、ちょっと残念そうな表情を浮かべた。
「……お嬢様? お嬢様はどこですかっ!?」
ファーシュが真っ先に気にしたのは、己の身の上よりも、姿の見えない主人の安否である。
「大丈夫よ、もう全て終わったから……少し離れた場所に居るから、会いたければ会いに行けば?」
「そうさせてもらいます!」
言うが早いか、ファーシュは駆けだそうとした。
「別にいいけど、修理してあげたことにお礼の一言もないの?」
「えっ……」
言われて初めて、ファーシュは自分がセレナに胴と四肢を切断されたことを思い出す。
「あ、それは……大変失礼を……有り難うございました」
ファーシュはディアドラに深々と頭を下げた。
「ふふふっ、律義というか……本当に素直で良い子ね〜」
ディアドラは好意的な眼差しでファーシュを眺める。
「ですが、私を修理できるなんて、あなたは一体……?」
自分達機械人形は、この時代の『物』ではない……もっと大昔の今では失われた技術で作られた人形だ。
目の前の修道女が仮に優秀な科学者だったとしても、今の時代の人間が簡単に自分を直せるはずがない。
「あら、引き止めたのは薮蛇だったかしら?」
「……そういえば……お会いしたことが……あるような……ないような……」
「ふふふっ、機械らしくないあやふやさね〜}
「…………」
修道女の指摘通り、こんなあやふやな認識は初めてだった。
「今ちょっと思い出してみたけど、『私』はあなたと初対面のはずよ、多分……」
「多分……ですか……?」
「ええ、私もあんまり記憶に自信ないというか……『量』がありすぎてね……」
「……量? 記憶の量……?」
「気にしないで……引き止めてごめんなさいね……あなたの『お嬢様』ならあっちよ」
ディアドラは微笑を浮かべると、東の方向を指差す。
「あ、どうも有り難うございました……では、失礼しますね」
この修道女の正体も気になるが、今はお嬢様……クロスと合流するのが先決だとファーシュは判断した。
ファーシュは駆け出し、彼女に出せる最大速度で、ディアドラの前から遠ざかっていく。
「しかし、恥ずかしいものね、自分の昔(千年前)の『作品』を見るのって……あまりに幼稚過ぎて……まあ、ドールマスター(昔の私)がしたのは基本設計までだしね……完成品の粗悪さは制作者の方の責任よね〜?」
七体の機械人形を設計したのは、その時代(千年前)のドールマスターだった。
別に、ドールマスター自身が積極的にあんな機械人形を創りたかったわけではない。
色々な理由があり、技術提供というか小遣い稼ぎというか、機械人形の制作者である科学者達に少しだけ手と知恵を貸してやったのだ。
「だいたい機械人形なんて邪道よね、ヌーベルアリスちゃん?」
ディアドラは、ただの布と綿でできた人形を抱きかかえる。
「体は鉄の塊、心はデータの塊……生き人形と違って『魂』が無いのよ」
生き人形……リーヴの創る人形は、人工物(無機物)でできていることを除けば人間と何一つ変わらなかった。
人間とまったく変わらない人格(心)……魂さえ持っているのである。
それに対して、アリスの人形は見た目は完全にただの小さな人形(ぬいぐるみ)で、人間とはサイズの段階で違っていながら、魂を宿らせていた。
しかも、普通の人間ではなく、英霊とか妖精とか、人間の枠を超越したモノか、最初から人間でない人間以上のモノの魂ばかりを好んで使用する。
人間以上のモノを目指すのがアリス、限りなく人間に近いモノを目指すのがリーヴの人形だった。
「あの二人は創造主(クリエーター)だものね……私と違って……」
人形を創るよりも操ることを好み、魔術や巧みの技よりも科学に走った自分には、創造主を名乗る資格はない。
「私は演技者(プレーヤー)……人形の演奏者にして競技者……」
ディアドラが舞うと、ヌーベルアリスがまったく同じ舞を踊ってみせた。
ヌーベルアリスにはアリスの人形と違って魂は宿っていない。
人形の動きは全て、ディアドラの巧みな『操り』によるものだ。
「…………」
舞が終わると、ヌーベルアリスはピョンと飛び上がり、ディアドラの肩の上に着地する。
「……そして、知の蒐集者(しゅうしゅうしゃ)でもある……さあ、ヌーベルアリスちゃん、次の見世物を見に行きましょうね〜」
ヌーベルアリスを肩に乗せたディアドラは、森の奧へと消えていった。






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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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